オトグス専科では 『半径2メートルの幸せ』 のために、是非とも身近に置いておきたいアイテムの数々を、オトグスの内外にかかわりなく、毎回ひとつのテーマに沿った形でご紹介していきます。
■ ピックアップ Vol.01 - 鳥の神秘 ■
『森の声 - カルリの泣き、歌、太鼓』

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『森の声 - カルリの泣き、歌、太鼓』 のB面には、カルリの人たちの3種類のパフォーマンスについて、より具体的に触れられています。まずひとつ目が、カルリの女性が行なう 「泣き」 の歌についてで、ふたつ目が、交霊会で行なわれた男性による儀式の歌について、そして最後が、ここでご紹介するカルリの男たちにより繰り広げられる 『イリブ・クウォ ilib kuwo 』 のドラム演奏です。

では、まずその音をお聴きください。

 


カルリのドラム演奏 『イリブ・クウォ ilib kuwo 』

『森の声 - カルリの泣き、歌、太鼓』
B面 イリブ・クウォ ilib kuwo

MP3 file 0:28sec

 

カルリの男たちにより夕暮れから夜にかけて長きに渡り (この録音時には5時間!) 行われるこのドラム演奏は、人々が集うロングハウスの中を、4人のパフォーマーが太鼓を片手に、それぞれ四方に別れ、対角線上を十字に交差するようにして行き交いなが奏でられる。サンプル音からもうかがえるように、それぞれパフォーマーの腰にはザリガニの爪でできたガラガラなどもぶら下げられていて、 「ビョォン、ビョォン」 と変わった太鼓の音とあいまって、その場全体をモアレ状の音で包み込んで行きます。

そして、打ち鳴らされ行くなか、その幾重にも積み重ねられた音の中からカルリの人々は 「tibo tibo tibo tibo......」 と、ある鳥の鳴き声が浮び上がるのを聴くといいます。
  その鳥の鳴き声が次のサンプルです。こころして聴いてください。

 


ティボダイ tibodai (和名 カンムリモリモズ)

『森の声 - カルリの泣き、歌、太鼓』
B面 ティボダイ tibodai の鳴き声

MP3 file 0:29sec

 

朝もやの中、森の奥深く響き渡るティボダイの鳴き声。お聴かせしたかったのは、まさにこの音色です。

このあまりにも不可思議な鳥の音に 「なんじゃこら!」 とおもわれた方も多いと思います。都会っ子だったらきっとそうです。

この <鳥の鳴き声とは思えない> 鳥の音に、カルリの人々も同様に神秘の姿を見て取るのです。

 

例えば、精製された電子音で楽曲を構築する、池田亮司サウンドを下記に上げましたので、まずは聴いてみてください。

 

池田亮司 『+/-』 より
headphonics (1995-96)

MP3 file 0:32sec

 

そして、もう一度、ティボダイの鳴き声を聴いてみてください。

カルリのそれより、こちらの方がよほど整合性のとれた関係をイメージさせてくれます。

そんな、自然界から生まれたと思えない摩訶不思議な 「音」 にインスパイアされ、カルリの男たちは、ロングハウス全体を高揚し行く 「場」 へと変貌させる 「音」 世界を築き上げようと欲するのです。

その想いは強く、太鼓がより良く 「ビョォン、ビョォン」 と鳴り響くようにと、その素材となる木を伐り出す時に、ティボダイを捕らえて供物として捧げるほどだといいます。※ 『Voices Of The Rainforest』のライナーノーツ参照

確実に、この想いの先には、ムーグ博士のシンセサイザーや、 「ギュイン!ギュイン!」 唸りを上げるギターのディストーション・サウンドへと向かう同種の欲望が存在すると思います。

ここが肝心なところですが、 <エコ> で <ロハス> な人々が、朝もやの森奥深くに見る情景や、神の被造物に美を見いだす人々の心像風景とは相容れない、本来、 「自然」 とは対他的とイメージされるそれら全てのものをも、カルリの人々は、自らが住む <自然> から汲み取るのです。その外は存在しないのです。

 

ですから、他の列強が <文明の力> を携えてやって来たりなんかすると、確実に負けます。その魅惑の品々にやられてしまいます。

もちろん、その <文明の力> を跳ね返すだけの <賢者の哲学> は存在します。しかし、それと同時に魅惑の品々へと向かう欲望も等しくセットされているのです。絶妙のバランスの上で成り立っていた、どこまでも森と共存した生の営みも、圧倒的な力でその欲望を煽りたてる <文明の力> の前ではひとたまりもありません。どこまでも森と共存しゆく自らの営みを否定する中からもたらされたその魅惑の品々を前に、自らの欲望それ自体に引き裂かれゆくのです。

20世紀の初頭の植民地時代に、メラネシアを中心として猛威を振るった 『カーゴ・カルト運動』 などは、その最たる例だと思います。

 

最後にパブロ・カザルス (Pau Casals)『鳥の歌』 をお聴きください。

 

パブロ・カザルス
『鳥の歌』

MP3 file 0:59sec

 

鳥たちのさえずりに平和への祈りを託した、このヒューマニズムの塊りのような美しい曲の <根> も、先のカルリのドラム演奏も、はたまた、おざなりの <エコ> で <ロハス> な <レディメイドの自然> も、それらみんなが <自然になりきれない> 人類によって、それとの関係のなかから生み出されたものであるという、この視点の <気付きの一章> たらんことを願って、この 『ピックアップ Vol.01 - 鳥の神秘』 を終えます。

第一回目 現代美術と依代

第二回目 ポロックとインディアンとアボリジニー (序章)

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ピックアップ Vol.01 - 鳥の神秘

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パプアニューギニアの熱帯雨林に暮すカルリの人々の、その自然と共生する中から生み出された音の民族誌。


Ryoji Ikeda
池田亮司

サウンド・アーティスト 池田亮司の2stアルバム。

サンプルの 『鳥の歌』 はこちらに収録されているヴァージョンです。